Visiting day【Painting】 【Archery】 【Race】

Visiting day【Race】
エオメルが非公式の賓客を伴って私室へ入ったところ、後ろから軽い足音が追ってきた。
「父上、お帰りなさい! 明日は見に来てくださいますか」
溌剌とした声を響かせ飛び込んできたのは、息子のエルフヴィネだった。元気が良いのはけっこうなことだが、このそそっかしさには苦笑を禁じ得ない。しかし、誰に似たのかなんてことは言えない。身に覚えがあり過ぎる。自分もこうして伯父や従兄を苦笑させた。エオメルは厳めしい表情をつくり、かつて自分が言われた注意を口にした。
「こら、エルフヴィネ。お客様の前だ。まず挨拶なさい」
ハッとしたように、エルフヴィネの視線が部屋の奥へ向いた。客人がフードを外しながら、ゆっくりとこちらを振り向く。くせのある黒い髪と美しい青灰色の瞳が現れた。
「お邪魔しているよ。エルフヴィネ殿」
ゴンドールの王がにこりと笑った。客の正体を知った我が息子は——、
「失礼しました。ようこそいらっしゃいませ」
大国の王を前に動ずることなく、滑らかに挨拶を述べてみせた。この辺りのそつのなさは妻に似たのかもしれない。
「こちらこそ、突然押しかけてすまない。二、三日お世話になるよ」
客人は屈託なく笑い、少し首を傾げた。
「ところで、明日、何があるのかな」
「馬の早駆けがあるのです。エレスサール王も是非ご覧ください」
エルフヴィネはハキハキと答え、羨ましいほど自然に誘いの言葉を口にした。いったいどこで覚えてきた術かと、我が子ながら感心してしまう。エオメルにはない器用さだ。
「エルフヴィネ殿も参加を?」
「はいっ」
誇らしげに返事をし、目を輝かせている姿は微笑ましいものだ。大国の王相手に交渉しているのだと、本人は気づいていないだろう。
「それは是非拝見せねば。——いいかな、エオメル殿」
寛容な人柄で知られる隣国の王は、あっさりと息子の要求を承諾してくれた。
「アラゴルン殿がよろしければ、ご一緒しましょう」
「もちろん」
にこっと見惚れるような笑みを浮かべたゴンドールの王は身を屈め、エルフヴィネの手を取った。
「お父上とご一緒に伺うよ。楽しみにしている」
「ありがとうございます!」
頬を上気させた息子は叫ぶように礼を述べると、弾むように駆け出していった。エオメルは扉を閉め、アラゴルンに頭を下げた。
「すみません。とんだ不調法者で」
「構わないよ。元気が良くて何よりだ」
アラゴルンは穏やかに目を細めた。
「あなたの子供の頃を窺い知るようで、なかなか楽しい」
そんなことを言ってくすくす笑う。いつまでも若造扱いだ。出会ってからけっこうな歳月が過ぎ、エオメルもそれなりに年齢を重ねたというのに……。もっとも、それで彼との年齢差が縮まるわけではない。六十余りの開きがあっては、自分がどれだけ年を重ねようと同じこと……とも言える。エオメルは軽く肩をすぼめた。
「わたしはあの子ほどの器用さはありませんでした」
年を経た今でも器用な人間とは言い難い。
「そうかな?」
「ええ。どちらかと言えば、ロシーリエルに似たかと——」
そつのない受け答えはまさしくそうだと思ったが、アラゴルンが違うというふうに首を振った。
「わたしは、あなたにも似ていると思うよ。ロシーリエル殿も朗らかで素直な方だが、それはあなたも同じだろう? エオメル殿。まっすぐで明るいご気性だ。明朗な率直さというものは、ときにどんな器用さよりも勝る」
美しく青い瞳がエオメルを映す。
「そんなところが好ましい」
貴人はわずかに首を傾げ、きれいな笑みを浮かべた。出会ったときからほとんど変わらぬ容貌は、こちらの気持ちまで当時に立ち戻らせる。
——まったく……。
苦笑するほかない。若い時分だったら抱き取っているところだ。今ではこちらのほうが、彼より年を経た風貌になりつつある。エオメルはひとつ息を吐き、口を開いた。
「あなたに気に入っていただけたなら、この気性も良いものです。——さて、お話を伺いましょうか。商隊に紛れてお越しとは穏やかではない。イシリアン公はご存じで?」
「心配ない。今のわたしは彼の使者だ」
アラゴルンが懐から書状を取り出した。テーブルにさっと紙を広げる。
「アイゼン谷の……」
非公式の協議が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
エドラスの麓に広がる草原を若駒が駆けていく。乗り手はみな十代の少年だ。先頭を駆けるのは明るい金色の髪をなびかせた少年。追いつかれるかと思ったが、そのまま掲げられた旗を越えた。一着——。
「さすが、馬の司の国だ」
エオメルの隣に立つ客人が感嘆の声を上げた。
「エルフヴィネ殿のお年であれだけ乗りこなすとは、素晴らしい」
いたずらっぽい光を浮かべた青灰色の瞳がエオメルを見た。
「父親譲りの才かな」
「さあ。周囲の者に言わせると、負けず嫌いなところが似ているとか」
アラゴルンがくすくす笑った。
「けれど、息子はわたし以上の負けず嫌いですよ。先日はわたしに負けたと悔しがったのだから……困ったものです」
「元気があっていい」
エオメルは頷き、息子のほうへ目を遣った。馬を労い、仲間と健闘を称え合っていたエルフヴィネだが、エオメルと目が合うと地面に飛び降りた。
「父上!」
勢い良く駆けてくる。
「見ていてくださいましたか!」
息を弾ませてエオメルに飛びついた。
「ああ、見ていたぞ。よくやった」
エオメルは息子の肩を叩きながら、挨拶しろと隣国の王へ顔を向けさせた。
「エレスサール王、おいでくださってありがとうございます」
「こちらこそお誘いいただいたことに礼を言う。良い勝負を拝見した。ゴンドールの者が“ロヒアリム”と呼ぶようになったのがよくわかる」
「ありがとうございます」
大国の王を相手に話しながら、昨日と同じく、エルフヴィネに緊張した様子は見られない。物怖じしないのは良いことだと思ったが——、
「ゴンドールでは早駆けは盛んではないのですか? 母の故郷では行われると聞きましたが」
息子の口から出た質問にエオメルは額を押さえた。ロシーリエルの故郷はゴンドールの南、海に面した地域だ。王都ミナス・ティリスとは離れており、気候風土も違う。そういったことはこれまでに幾度も話してきた。実際に連れていったこともある。いったい何を聞き、見ていたのか……。エオメルは肩を落としたが、心やさしい隣国の王は、愚息の質問を笑うことなく答えてくれた。
「行われないわけではないが、貴国ほど盛んではないな。特にミナス・ティリスは石造りの都だから、騎兵以外で馬に乗る者は少ない」
「そうなのですか……」
「だから度々、お父上に貴国の騎馬の力をお借りしている。これからもお借りすることになると思う」
アラゴルンがエルフヴィネと目の高さを合わせるように身を屈めた。
「エルフヴィネ殿にもご助力をお願いするときが訪れるかもしれない。そのときはよろしく頼む」
「はい!」
エルフヴィネが元気良く答えた。これで一連の会話が締めくくられたことにエオメルは安堵したが、何を思ったかエルフヴィネは「あの……」と言葉を続けた。今度は何を言い出すのか、エオメルは息子の口を塞ぎたくなった。
「ひとつお願いがあるのですが……」
アラゴルンが先を促すように首を傾げる。
「勝負していただけませんか? エレスサール王」
「エルフヴィネ!」
思わず荒い声を出した。年端もいかぬ未熟者が、稀代の英雄に勝負を挑むなど失礼極まりない。非礼だと止めさせようとしたが、アラゴルンの手がエオメルを抑えるようにかざされた。
「わたしで良ければ喜んで」
「ありがとうございます!」
礼を言うや、エルフヴィネは愛馬へと走っていった。その姿を眺め、エオメルはアラゴルンに訊いた。
「いいのですか?」
「心配することはない。適当に勝っておくよ」
友好国の王は余裕の笑みを見せた。見せかけではない。この人が子供相手の勝負事で“適当に勝つ”術を心得ていることは、それとなく聞いている。
「それとも、負けたほうがいいかな?」
「とんでもない」
エルフヴィネは早駆けで大負けしたことがない。乗り手として抜きん出ているのは事実で、同年代に競争相手がいない。本人は大人を相手にしようとしているが、分別ある者たちは適度に付き合うに留まり、勝負を持ちかけられても「殿下相手におそれおおい」と断るばかりだ。
世継ぎだからといって遠慮するとは、昨今はエドラスの者もおとなしくなったものだと思っていたら、周囲の者の本音は別にあると最近知った。エルフヴィネが人一倍負けず嫌いな性格なため、かんしゃくを起こされてはやっかいと付き合うのを避けているらしい。
近侍の若者から聞き出したところ、エオメルとロシーリエルの他出中に、自室に閉じこもって食事を取らなかったり、部屋の物を壊したりということがあったらしい。その原因が早駆けの勝敗だった。そのときは周囲の者が気を遣い、エオメルにもロシーリエルにも、エルフヴィネの粗相を報せなかった。そういうことは是非報せてくれと近侍の者たちに釘を刺し、エオメルは唸った。
子供のかんしゃくに付き合っていられないという、彼らの思惑はわからないでもない。しかし、後継者が負け知らずで育つのはいただけない。大敗を喫して学ぶこともあるものだ。
——良い機会かもしれない。
大国の王に頼むことではないが……。
「アラゴルン殿。どうぞ遠慮なく、大差を付けてやってください」
エオメルが強い声で言うと、アラゴルンは声を立てて笑った。
「では、少し引き離させてもらおうか」
◆◇◆◇◆◇◆
合図の旗が振られ、二頭の馬が駆け出した。引き離すと言っていたとおり、すぐにアラゴルンが前に出た。しかし、エルフヴィネは付いていく。
「なかなかやりますね」
いつの間にか、側近の一人が傍に来ていた。まだ年若い男だ。
「何、まだまだだ」
これで引き離されるようでは勝負を挑んだこと自体、身の程知らずになる。
「しかし、あのお年であれだけ乗れれば……」
「それはわかっている」
エルフヴィネを擁護する側近の言葉をエオメルは遮った。
「だが、このまま放っておいたら鼻にかけるようになる。世継ぎがそれでは困る」
「それでゴンドールの王にご依頼を?」
鼻をへし折るよう頼んだのかと心穏やかならざる側近の表情に、エオメルは息をため息を吐いた。若いとき、こんな問いかけをされていたら、見くびるなと怒鳴りつけていただろう。
「そうではない。エルフヴィネが勝負を挑んだ。アラゴルン殿は無礼な頼み事を聞いてくださっただけだ」
なるほどというように側近は頷き、好ましい視線を二頭の馬へ向けた。隣国の王が気やすい人柄だと、エドラスの者は知っている。若年者からの挑戦を咎めることなく受けた度量に好感を抱いたのだろう。
話しているうちに、二騎は折り返し地点である樹木に近づいていた。アラゴルンが先に折り返したが、その内側に食い込むようにエルフヴィネがまわった。エオメルは舌打ちした。戦ならともかく、技を競う場で使う手段ではない。
エオメルのやることは決まった。勝ちにこだわるあまり、卑怯な手を使うなと息子に説教をすることだ。アラゴルンが接触を避けるために外側に寄った。しかし、彼が勝つだろう。エルフヴィネは距離を縮め、一気に速度を上げるかに見えた。が——、
突如、エルフヴィネの馬がいななき、竿立ちになった。追い抜こうとしたアラゴルンが驚いたように馬を止める。
「何が起こったのだ」
「さあ、わからぬが、殿下ならば止めることが……」
周囲で起こったどよめきに交じってそんな声が聞こえてきた。そう、ロヒアリムは子供でも馬を宥める術を知っている。しかし、馬は狂ったように二、三度いななくと、明後日の方向へ駆け出した。すかさず、アラゴルンが後を追う。
「追え!」
見物人の中からも騎乗し、駆け出す者がいた。エオメルも愛馬を引き出し、飛び乗った。小さくなっていく騎影を目指し、馬の腹を蹴る。暴れ馬とていつまでも走ってはいられない。必ず追い付けると思ったとき——、
前方を行く騎影から、小さな人影が草原へと投げ出された。
「エルフヴィネ!」
エオメルは総毛立った。馬術に長けた民とはいえ、落馬で命を落とす者は皆無ではない。それは王の長子だからといって、逃れられるものではない。
——無事でいてくれ。
祈りながら辿り着いたエオメルを迎えたのは、アラゴルンの穏やかな言葉だった。
「意識は失っているが、大きな怪我はなさそうだ」
息があることに、とりあえずほっとする。落馬したとき草で擦れたらしい頬の細かな傷が目についたが、これはすぐに治るだろう。問題は捻挫や骨折だ。目立った外傷は無くても、どこか傷めている可能性はある。本人が痛みを訴えないとわかりにくいものだ。
「エルフヴィネ、エルフヴィネ……」
呼びかけると、うっすらと目が開いた。
「大丈夫か? 痛むところはないか?」
声をかけたが、エルフヴィネはぼんやりとエオメルを見るだけで返事がない。
「エルフヴィネ、わたしがわかるか?」
「……父上」
「ああ、そうだ。大丈夫か? どこか痛むところはないか」
返事があったことに安心し、身体の具合を尋ねたが、エルフヴィネは耳に入っていない様子で周囲を見回した。その動きがふと止まる。視線を追えば、隣国の王の姿があった。
「父上——」
「なんだ?」
「僕、勝った?」
至極当然といった感じの問いかけに、エオメルは唇を噛み締めた。握った拳が震え始め、それが全身に広がる。
「この大莫迦者!」
怒鳴った途端、なぜか目の前が曇った。それを誤魔化すように息子の身体を抱き締めた。
「寿命が縮んだぞ!」
腕に生きている者の温かさを感じた。それが無性にうれしかった。
◆◇◆◇◆◇◆
夕食を済ませたエオメルが私室に引き取ったところ、鎧戸を遠慮がちに叩く音が聞こえた。窓を開けると、非公式の立場だからと二日続きの晩餐を辞退した客人が立っていた。
エドラスの麓に並ぶ宿屋へ適当に食べに行くと聞き、そんなことはさせられないとエオメルは止めたが、「楽しみにして来たんだ」と言われては無理強いも出来なかった。ただ、そのまま宿へ泊まるのではないかという不安が拭えず、もう一晩、酒杯を交わしたいと誘った。
——では、部屋へ寄らせてもらうよ。
そう言って黄金館を出ていった人が、予告どおりやって来たというわけだ。窓からとは思わなかったが——。
「入っていいかな?」
エオメルが頷くと、彼は窓枠を越え、音もさせずに室内に降り立った。何度か目にしている光景だが、その度に感嘆の息が出る。見つめていると、アラゴルンが訝しげに首を傾げた。エオメルは何でもないと首を振り、彼が好む火酒の瓶と酒杯を取り出した。
「エルフヴィネ殿は休まれたかな」
「ええ」
エルフヴィネの馬が暴走したのは蜂が原因だった。馬の脚に蜂刺されの痕があった。馬のほうは落ち着くまで数日を要しそうだが、落馬したほうは気楽なもので、起き上がってから「また勝負してくださいますか」とアラゴルンに訊き、エオメルを慌てさせた。
「こちらは寿命が縮む思いをしたというのに、のんきなもので……。さすがに身体が痛いとは言っていましたが」
「無事だったのだから何よりだ」
「ええ、本当に」
杯を握って大きく頷くと、アラゴルンがくすりと笑った。
「あなたも父親なのだな。——と、すまない。こういう言い方は失礼だな」
「いえ——」
エオメルは首を振った。
「自分でもおかしなものだと思いました」
小さな身体が投げ出されたのを目にした瞬間、血の凍る思いがした。今までにも親族を見送ってきた。記憶もおぼろげになってきた両親、本来なら王になっていただろう従兄、ペレンノールで斃れた伯父。悪しき力が働いた、戦乱の世の哀しい出来事だった。
「セオドレドのときも伯父のときも、なんとか受け入れてきましたが……」
続きを口にするだけでも不吉な気がして、エオメルは言葉を途切らせた。
「……伯父は辛かっただろうと、今更ながらに思います」
伯父のセオデンは嫡子であるセオドレドを見送った。自身が敵の謀略に嵌った間に亡くしたのだ。やりきれなかっただろう。当時、その辛さをわかったつもりでいたが、本当に“つもり”でしかなかったと今はわかる。己はなんと若かったのだろうと、恥ずかしくなった。
「それなら、わたしは未だにセオデン殿の無念さはわからぬだろうな。——子がいない」
苦笑めいた声が室内に響いた。
「子を持つ親の気持ちを解するなら、あなたや我が執政のほうが先達となる」
「いえ、決してそういうつもりでは——」
慌てて否定しかけたエオメルに、アラゴルンはわかっているというふうに頷いた。
「今回もアルウェンを都に置いての他出だから、侍従たちは良い顔をしなかった」
「それは——」
どういうことかと首を捻ったエオメルに、身軽な客人は自嘲気味の笑みを浮かべた。
「妃を迎えてずいぶん経つというのに、一向に世継ぎに恵まれぬものだから、周囲の者は気が急いているようだ」
ああ、とエオメルは胸の内で得心した。それとなく耳には入ってきていた。アラゴルンが世継ぎに恵まれぬことを案じた者たちが、彼に側室を勧めたり、行幸先で女性を用意しようとしたり、様々に動いていると——。ただ、アラゴルンの口からこの手の話が出るのは珍しかった。
「あなたやファラミアのところに跡継ぎが生まれてからは、遠慮がなくなってきた。数日、後宮へ顔を出さないと侍従や女官長に必ず言われる——もっとお通い遊ばしてお励みなさい、と」
ふうっとアラゴルンは息を吐き、ぼそりと呟いた。
「どう励もうと、わたしが産むわけではないんだがな」
「ゲフッ!」
エオメルの口許で盛大な音が上がった。
「ゴホッゴホッ……」
伝い落ちる火酒を手でぬぐい、なんとか咳をおさめようとしていると、目の前に布が差し出された。
「大丈夫か?」
青灰色の瞳が心配そうに窺っている。自分の発言が原因とは思っていないのだろうと、少々恨めしく思ったが、エオメルは布を受け取り口許と手をぬぐった。
「……失礼しました」
「いや、いいさ。話せて楽しかった」
アラゴルンは杯を置いて立ち上がった。
「明日はアイゼン谷への案内を頼む」
「本当に行かれるので?」
エオメルは少々困惑した。視察の予定は昨日聞いた。かの執政も納得の上だと書面まで見せられたから承知したが、つい今し方の“お世継ぎ云々”という話を聞いてしまっては、彼を早く帰らせたほうがいいのではないかと思ってしまう。だが、そんな逡巡を型破りな人はあっさり越えていく。
「そのために来たんだ」
何を躊躇うんだと不思議そうな顔だったが、ふと何かに思い当たったように、エオメルを見た。
「ああ、マークの王がお忙しいなら一人で行くから、構わないでくれ」
まったく……何も分かっていないと苦笑する。一人でなど、行かせられるわけないではないか。
「ご案内しますよ」
「ありがとう」
うれしそうに笑うと、客人はそこが出口とばかりに窓へ向かった。エオメルも咎める気はない。
「明日を楽しみにしている。おやすみ——」
窓枠を越える直前、エオメルの頬にやわらかな唇が触れた。とっさに抱き留めようと伸ばした腕は、しかし、宙を泳ぎ、麗人の姿は闇の中に消えていた。
——敵わないな。
エオメルは小さく笑って鎧戸を閉めた。明日、息子を真似して早駆けを仕掛けてみようか。けれど、きっと……、
——敵わない。
早駆けで勝てたとしても、敵わないものを持っている人だ。そんなことを思いながら、窓の錠を下ろす。ふと負けず嫌いの息子の顔が浮かんだ。エルフヴィネにもそのうちわかるだろう。何を挑んでも敵う相手ではないと——。
エオメルは残っていた火酒を空け、明日に備えて休むことにした。
END
馬司の父親参観……のはずが、エルフの石が幅を利かせていて申し訳ありません。力不足でございますm(_ _)m

疾きこと風の如く、侵掠すること火の如くな騎馬軍団の長も(林と山はないのか)、年齢を重ねれば「あの頃は若かった」と思うこともあるかなぁ。でも、やっぱり熱いものが残っているんだろうなぁ——と、そんな話です。

ご子息の人柄については……模索中です(汗)。父親似ならばポジティブ・シンキングが凝縮された感じかと思いますが、母親がドル・アムロスの血筋だからビミョーに策士かなぁとか(お前、あの一族をなんだと思っている)……。
「Fair」と称されるくらいだから、容貌に華やかさや雅びやかさがあったのかもしれませんね。

アイゼン谷の何について話し合いに来たのかは……なぞです。<ヲイ