青嵐[13]
エレスサールが「アエガシオンの恋文は手に入るか?」と訊いてから三日後、ファラミアは身柄を拘束しているアエガシオンの護衛と面会した。今までは正体を明かさないほうが良いと判断し、会うのを避けてきたが、ここにきて執政としての身分を最大限に活かす場面になった。ただし、捕らえたのが国王と王太子だということは、これまでどおり伏せておく。
身柄を拘束しているのは執政館内の塔にある折檻用の部屋——独房だった。折檻というと陰惨に聞こえるが、不始末を起こした係累や使用人などを一時的に閉じ込めておくための場所で、拷問台があるわけでも責め具が並んでいるわけでもない。他の貴族の館ではどうなっているか知らないが、執政館の独房には簡素ながら寝台があり、鉄格子を挟んではいるが煖炉もある。本物の牢屋より数段居住性は良いはずだった。
「ここを本来の目的で使うのは久しぶりだな」
見張りの野伏に声をかけながら、ファラミアは空いているのが常態だった部屋の扉をくぐった。薄暗い部屋の中、鉄格子の向こうで、寝台に座っている男が僅かに眉を動かしたのがわかった。
「わたしが誰なのか、わかるようだな」
ファラミアは鉄格子の前に置かれた椅子に腰を下ろした。
「お前のことをマエグヒアの家へ問い合わせていた」
懐から封書を出して話を続ける。
「黙っていれば身元はわからないと思ったのだろうが、お前が身に付けていたブローチには、鷲の盾と四つ葉の紋が刻まれていた。マエグヒアの紋章だ。訊かずとも縁のある者だとわかる。彼の使用人を勝手に処分してはまずい。それで問い合わせた。責任を持って引き取るというなら、身柄を引き渡しても良いとな。その返事が今日届いた。これだ——」
封書から出した紙を格子の前で広げて見せた。男は寝台からゆらりと立ち上がり、近づいてきた。

——お問い合わせのあった者についてですが、当方は一切存じません。係わりなき者なれど、白昼、幼き子供に斬りかかった不逞の輩ならば、是非とも厳しく処分されるよう望みます。

何を言われてもほとんど表情を動かさなかった男が目を瞠った。格子の隙間から手紙に向かって手が伸びる。男がつかむ前に、ファラミアは手紙を格子から離した。
男は信じられない物を見たというように息を詰め、ファラミアの手にある紙を睨みつけている。無理もない。ファラミアが見せた書面はアエガシオンの筆跡で、末尾に押された蝋の印璽もアエガシオンを示す印だった。男は信じていた主人にあっさり捨てられたのだ。
「というわけで——」
ファラミアは涼しい顔で手紙をたたみ、封筒に戻した。
「お前はこちらで裁くことになった」
愕然としている男に告げる。
「法に照らし合わせても、白昼の路上で剣を振りまわす者には厳罰に処すべきだが……お前は運が悪い。お前が斬りかかった子供のうち、一人はさる高貴な方のご子息だ。割って入る者がいなかったら確実に斬り殺されていたと聞いて、処刑すべきだと主張なさっている」
どうしたものかと考えるように、ファラミアは腕を組んだ。
「かの御仁にはわたしもいろいろ力になってもらわねば困る立場にある。お前がもっと協力的だったら、擁護もしたが——」
静かに目を閉じ、ふうっと息を吐く。
「残念だ」
ファラミアは立ち上がった。
「……ま、待ってくれ!」
踵を返した背に、捕らえてから一言も口を利かなかった男の叫びが響いた。ファラミアは口許が綻ばせ、封書を懐へ入れた。
——抜群の効果だな。
この手紙は本物ではない。筆跡も印璽も偽造だ。どちらもアエガシオンが娼妓に送った恋文から真似た。まともな手段でないことは重々承知だが、今回の場合やむを得ない。なにしろ——と、ファラミアは目の端で鉄格子を見る。男を捕らえた手段からして、王が王太子を囮にしての大立ちまわりという、尋常のなさだったのだから。まともに裁ける事件ではないのだ。
手紙の筆跡は畏れおおくもゴンドール国王御製である。印璽は北イシリアンに暮らすエルフの職人の作だ。急ごしらえだが、どちらも本物と遜色ない出来映え——筆跡にいたっては本物より品良く見えるぐらいだった。
「なんだ?」
さて、手紙を信じた男はどんな話を聞かせてくれるか——興味のない様子を装い、ファラミアは振り返った。
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