嫉妬[1][2][3][4]

嫉妬[3]
書斎から続く仮眠用の寝台が置かれた部屋にエレスサールを誘い、ファラミアは戸棚から小瓶を取り出した。杯に小瓶の中身を注ぎ、エレスサールに差し出す。
「なんだ?」
青い瞳に警戒の色が浮かび、硬い声が訊いた。ファラミアは微笑みながら「さあ」と首を捻った。
「わたしも詳しくは存じません」
エレスサールが眉を顰める。ファラミアは「毒ではありませんよ」と笑いかけ、話を続けた。
「陛下がお留守の間に、知人の悩みの解決に少々手を貸したのですよ。娘に男が付きまとって困っている。追い払いたいが、相手が名家の子息だけに下手なことは言えない。智恵を貸してほしいと」
エレスサールの首が「誰の頼みだ?」というように傾いた。執政に個人的な頼みごとをする人物に興味を持ったらしい。けれど、ファラミアはそれに答えず、話を進めた。
「しばらくイシリアンの野伏を張りつかせておきました。そうしたら、その男、娘御の友人が開いた内輪の集まりに忍び込んできましてね、娘を物置き部屋に連れ込んで気を失わせた挙げ句、小瓶に入った怪しげな液体を飲ませようとした——と、まあ、そういうわけで」
「つまり、その男が持っていた小瓶が——」
エレスサールがサイドテーブルに置かれた玻璃の瓶を指でつついた。
「これか」
「ええ」
エレスサールは探るような目で、ファラミアと杯を見比べた。当然、中身が気になるだろう。だが、主はまったく別のことを訊いた。
「その娘は無事だったのか?」
何を心配しているのか。まったくもって人の好い主だ。ファラミアは笑いを堪えながら答えた。
「ええ。無事ですよ。その莫迦息子をここに連れてこさせ、親も呼び出して話を付けましたから」
「そうか」
ほっとしたようにエレスサールが息を吐く。その様子に、ファラミアはますますおかしくなった。
「陛下はおやさしいですね。けれど、他人の心配をしている場合ではないのではありませんか?」
エレスサールが座っている寝台に自分も腰を下ろす。
「今、小瓶の中身を飲まされそうになっているのは、話の娘御ではなく、あなたですよ」
伏し目がちの顔に手を添えると、「わかってる」と睨むような眼差しが返ってきた。
「あなたが説教した莫迦息子は、中身を何だと言っていたんだ?」
ようやく中身を問う言葉が出る。察しはついているだろうと思いながら、ファラミアは答えた。
「媚薬だそうです。娼館通いの仲間にもらったと申しておりました」
「それをわたしに飲めと?」
「ええ」
ファラミアは頷いた。
「飲んでくださいますよね。責めを負うと、そう仰せになったのですから」
主に要求することではない。だが、実に気分がよかった。中つ国でもっとも高貴な血筋の末裔、稀代の英雄であるエレスサールに、己の意を強要できることが興奮を覚えるほど気持ち良かった。——愚かなことだとわかっていても。
エレスサールが拒否しないという確信はあった。我が王はいつ如何なることでも、自身の言葉に責任を持つ。だから断られることはない。
「さあ」
杯をエレスサールの手に握らせる。
「わかった」
短い言葉のあと、エレスサールは杯を受け取るや一息に呷った。
「これで満足か」
カツリと杯をテーブルに置いて、彼がこちらに向き直る。本当に愚かなほど正直な人だと半ば感嘆しながら、ファラミアは寝台に主を倒し、そっと耳許に囁いた。
「まだ、これからですよ」
◆◇◆◇◆◇◆
暗闇の中、晒された肌は燭の灯に照らされ、ほのかに色づいていた。一際濃く見える斑は先刻口づけた痕か。ファラミアはその隣に唇を落とし、きつく吸い上げた。しっとりと濡れた肌がひくりと波打つ。微かに塩気を含んだ味を楽しみながら、ファラミアは唇を離した。肌に新たな花が咲く。それに満足げな笑みを浮かべ、ファラミアはエレスサールの耳許に呼びかけた。
「陛下」
潤んだ青い瞳がぼんやりとファラミアを見た。熱に浮かされたような表情をしている。薬が効いてきたのだ。
かつて、一度だけ事故のような形でこの手の薬を嗅がせたことはある。そのとき、普段とのあまりの落差に翻弄され、二度と使わぬと決めた。けれど、そう決めた一方で惹かれてもいた。主の変化(へんげ)する姿に。
今こうして目の前にして、自分がいかにこの機会を望んでいたのか、よくわかる。嫉妬に駆られた言動は見せかけで、実は薬を服ませる口実に利用しただけではないのかと、自分自身を疑いたくなる。それほどこの状況を愉しんでいた。
「陛下。聞こえますか?」
問いかけると、エレスサールの長い腕がするりとファラミアの首にまわされた。
「ファラミア……」
相手が誰かはわかるらしい。ファラミアは唇を重ねた。舌を絡め、たっぷり味わいながら吸い上げる。痩身に震えが走り、甘い鼻声が漏れたところで、ファラミアは意地の悪い質問を投げかけた。
「エドラスでも同じことをなさってきたのでしょう?」
答えなど期待していなかったが、エレスサールは違うと言うように首を振った。
「何が違うのです?」
既に白状してしまっているというのに、今更、何を否定しようというのだ。ファラミアはいささか乱暴にエレスサールの身を反転させた。香油を手に取り、指を浸す。
「こういうことをなさってきた」
入り口をくつろげることもせず、油で濡れた指を後腔に挿し入れた。
「そうでしょう?」
固く閉じようとする孔口に無理矢理くぐらせ、指を動かす。
「あ……」
エレスサールの手がすがるように枕をつかんだ。指先が細かく震えている。
「いかがですか」
問いかけに返事はない。だが、前に手をまわせば、欲望の象徴はしっかり反応していた。もっとも、それも薬の効果かもしれない。どちらにせよ、望む状態に大差はない。ファラミアは笑みを深くし、じっくりと追い詰める作業に取りかかった。
「は、あ……」
後ろを解きほぐし、指を蠢かす度、エレスサールの口から熱い息が漏れた。
「ファ……ミア……」
名を呼ぶ掠れた声が愛おしい。だが、その声で他に誰の名を呼んだのか。そう思うと堪らない感情が込み上げてくる。
「義兄上のこともそうやって呼んだのですか」
エレスサールはふるふると首を振った。
「どう違うのです?」
尋ねながら、指先は猥褻な動きを続けた。香しい油で濡れた蕾はファラミアの意のままにほぐれ、熱を上げていく。やわらかな襞を押し広げるごとに、エレスサールの腰から背が波打ち、高い声で艶やかな旋律が奏でられた。その響きを楽しみながら、ファラミアは跳ねる細い腰に手をまわした。前は既に温かなものを零しはじめている。ファラミアは再びエレスサールの身を返した。
「あ……」
身体を反転させただけだというのに、エレスサールは甘い声を上げた。それほど感じやすくなっているのだろうか。ファラミアの心にいたずらと称するには度の過ぎる考えが浮かんだ。いつもなら止めただろう。だが、今は試したくて仕方なかった。
ファラミアは脱ぎ散らかした服の襟から紐を抜き取った。隅に追いやられていたクッションを取り上げ、エレスサールの腰にあてがうと、手にした紐を輪にして屹立したものへくぐらせた。きゅっと根本を締める。
「ひ……」
痛みによるものか、それとも別の感覚によるものか、エレスサールの喉から細い声が漏れた。
「なに……?」
何をされたのか探るように、力のない手が紐へ伸ばされた。その手をファラミアはやさしくつかみ、払いのけた。
「ファラミア……?」
ぼうっとした声で呼ばれる。ファラミアは呼びかけに口づけで応えてから、そろりと彼の身体の中心へ手を伸ばした。透明な蜜を零しているそれをやんわりと握り込む。
「あっ……」
汗に濡れた肢体が跳ねる。その身を追い込むべく、ファラミアは手の中にある強張ったものを擦り上げた。
「あ、ふぁ……や……」
カクカクと手足を痙攣させながら、色づいた痩躯は昇り詰めていく。
「は、あ……やめ……」
熱く喘ぐ息の合間に艶やかな声が漏れる。ファラミアの手で怒張したものは、先端に透明な液を浮かべ、爆ぜる時を待っている。しかし、昂ぶった熱は戒めによって解き放たれる道を断たれている。
「……は、ぐ……ひぁっ!」
涙ぐんだ目が感極まったように見開かれ、エレスサールの四肢がびくんと張り詰めた。けれど、その先にあるはずの解放はなく、細かく戦慄いた肢体はがくりと形だけ脱力した。溢れそうな熱を抱えながら放つことのできない身が、苦しげに胸を喘がせて横たわっている。なんとも蠱惑的な姿だ。見ているだけで、こちらの身体の熱が高まってくる。意識を失ったように目を閉じているエレスサールに、ファラミアはそっと口づけた。うっすらと青い目が開く。
「……ミア。もう……」
唇が微かに動く。消え入った語尾はなんだったのか。やめてくれ、とでも言ったのだろうか。残念だが、その願いは聞けない。
「今からですよ」
ファラミアは微笑みながら、エレスサールの膝を持ち上げた。硬くなっている己のものを、香油で濡れた後孔へ突き入れた。
「ふぁっ……」
びくんとエレスサールの腰が跳ねる。根本まで呑み込ませると、馴染むまで待つこともせず、ファラミアは動いた。
「あ、はっ……や……あ、あ……」
がくがくと揺れる顎から途切れ途切れに嬌声が上がる。
「あ……、あ……ん……」
しなやかな肢体は快楽の律動に揺れ、艶やかな声とともに愉悦の頂点へ昇り詰めていく。それを更に煽るように、ファラミアは戒めたものに触れた。
「ひあ……」
嬌声とも苦鳴ともつかない音がエレスサールの喉から漏れた。陶酔状態で熱を放てたなら、彼の欲求は満たされただろう。だが、欲望の解放は阻まれている。悦びに酔いしれることもできず、かといって苦痛だけではない。どちらつかずの状態に苛まれたそれは、悶えるように脈動を繰り返した。
「ふぁ……あ、ファラ……ミア。もう……」
エレスサールが懇願するように名を呼ぶ。ファラミアは彼の長い脚を担ぎ、その身を折り曲げながら、応えるようにやさしく口づけた。
「ファ……ラ、ミア……」
エレスサールの手がのろのろと上がり、ファラミアの頬につと触れて滑り落ちた。彼がねだるように唇を突き出す。ファラミアの体温は否応なく上がった。こんなふうに無心に求められたことはない。薬香を嗅がせてしまったときですら、彼の所作にはどこか作為めいた感触があった。それがこんな……。
昂った熱そのままに律動を送り込むと、痩躯はガクガクと戦慄いた。その苦しげな震えを見て、ファラミアは彼を戒めている紐を解いた。
——もうこんなものは要らない。
再び熱い襞が蠢く中へ己を突き入れた。途端——、
「あああああ……!」
甲高い声とともにエレスサールの背が反り返り、ほとばしった生温かい蜜がファラミアの腹を濡らした。ほぼ同時にファラミアも彼の中へ熱を放つ。青灰色の瞳が焦点を失い、腕の中の身はかくんとくずおれた。その肩を抱き締め、ファラミアは満ち足りた気分で目を閉じた。
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リクは“ちょっとやきもち”だったんですが……物凄い嫉妬になっていますね(^^;)
まあ、拙作のファがそう可愛らしく妬くわけもなく(ヲイ)、こんな感じになりました。