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棘[5]
腰の下に枕をあてがわれ、あられもない姿で寝かされた肢体は色づいていた。それは灯火に照らされてのことなのか、体温の上昇によるものなのか——、瞳を潤ませたまなじりが淡い朱に染まっているさまは、後者と判じて間違いないだろう。
彼の身の内をまさぐっている指も確かな熱を感じている。久方ぶりのことに固く閉じていたそこも、今はしっとりとやわらかにほぐれていた。塗り込めた香油で音が立つほどに。
敏感な箇所を押してやる度、甲高い声が上がり、痩せた身が踊った。同時に、脚の間にある欲望の象徴は熱を孕み、張り詰めていった。
汗ばんだ肢体はすっかり熟れている。それを満足げに眺め、ボロミアは弄んでいた後孔から指を引き抜いた。香り高い金色の油がとろりと垂れる。それを感じたのか、彼の股がぴくりと痙攣した。
ずいぶん敏感になっているようだ。ボロミアの唇の端が自然と上がる。そして、たった今震えた内股に口づけた。ゆっくりと舌で嘗めあげる。
びくん……。
引き締まった腰が揺れ、白い肌が波打った。肌を味わいながら様子を窺えば、喉を反らし、胸を喘がせている姿があった。見る者の呼吸まで荒くなりそうな扇情的な景色。ボロミアは己の内側で燃え立つ炎を抑えるように大きく息を吐き出し、額の汗を拭った。
しどけない主の姿を見下ろし、まだ手首を縛ったままだったことに気づく。シャツの拘束を解いてやると、彼は安心したように息を吐いた。ゆっくりと動かされる腕には赤黒く痛々しい斑がある。痣だ。ボロミアはその腕に己の手をからめ、深く唇を重ねた。
「んん……」
息継ぎに唇を離すと、二人の間で透明な蜜が糸を引いた。ぷつりと切れたそれが、アラゴルンの口許をつたい落ちる。ボロミアはそれを嘗めとり、そのまま顎先から胸元へ、そして更にその下へと唇を這わせた。舌先に感じる微かな塩の風味を楽しみながら、背にまわした手で骨のくぼみをなぞった。
「あ……」
甘い喘ぎとともに背がしなる。ほぐした蕾を探って指をくぐらせれば、ひくつく襞が誘うようにからんできた。期待に応えるよう、やんわりと熱を発する場所を押してやる。
「あ……、ボロミア、もう……」
甘くかすれた声が名を呼び、彼の指先が催促するようにボロミアの髪にからんだ。もう指で与えられるだけでは足りないのだろう。それも当然だ。さっきからずっとこの繰り返しなのだから。
絶え間なく刺激を与えながら、決定的な快楽は与えていない。鮮やかに染まった欲望の象徴は蜜をこぼさんばかりになっているが、中途半端な刺激の繰り返しで爆ぜることもできないでいる。ボロミアは張り詰めたそれに、そっと唇を触れさせた。
「ふぁっ……」
痩身が跳ね、長い脚がびくんと震えた。顔を上げれば、濡れた瞳に欲を滲ませ、物欲しそうにこちらを見遣る視線とぶつかった。玉座での凛とした姿からは想像もできない、淫らに蕩けたさま——ボロミアは熱い呼気を吐き出した。
蕾の内をかきまわしていた指を抜き、髪にからんだ手に引かれるまま伸び上がり、上気した頬に唇を落とした。アラゴルンの腕が首にまわり、ボロミアの髪をくしゃりとつかむ。そのしがみつくような所作にボロミアは苦笑した。
「まったく、あなたはとんでもないな」
怒りを感じたときは彼を乱れさせて愉しむつもりだった。普段、振り回されている仕返しをするように、その高貴な身を弄び、ひれ伏させようと思った。そうなる瞬間はもうそこまで来ている。相手は触れなば落ちんといった風情だ。しかし、これ以上は——
こちらの身が持ちそうにない。
彼も限界だろうが、ボロミアも限界だった。元々、惚れた相手だ。怒りを感じていなければ、とっくに陥落していただろう。なにしろ、常なら眼差しひとつで動悸がする相手なのだから。
「望むものを差し上げよう」
青灰色の目尻に滲むしずくを拭いながら、ボロミアは囁いた。
「ただし、加減はしませんぞ」
アラゴルンの下から枕を抜きながら腰を持ち上げる。芳しい蜜で濡れた口が晒された。誘うようにひくつき、色づいているさまにボロミアは唾を飲み込み、猛った己をそこへ突き入れた。
がくん、と細い身が揺れる。やわらかな襞に迎えられたボロミアは、そのまま一気に奥まで進んだ。アラゴルンの喉が大きく仰け反る。しかし、開いた口からは何の声も発せられなかった。息が詰まったような音が喉で鳴っただけだ。苦しげに口を開閉し、その四肢ががくがくと震える。
衝撃が大き過ぎたのだろうか。アラゴルンの胸は苦しげに上下し、四肢の痙攣はおさまらない。ボロミアは彼の脇から手をまわし、背を浮かせて宥めるように軽く叩いてやった。アラゴルンは小さく噎せ、深呼吸を幾度か繰り返し、ようやく息を整えた。彼が落ち着くのを見て、ボロミアは再び動いた。
「あ……、はぁ、あっ……」
律動を送り込む度、アラゴルンの喉が艶やかな旋律を奏でる。腰を撫で上げると更に甲高い声を放ち、肌を小刻みに震わせた。ボロミアを押し包む襞も蠕動し、きゅうっと収縮する。その熱く甘い圧力はボロミアの背に快い痺れをもたらした。気を抜いたら、あっさり達してしまいそうだ。
「ボロミア……」
黒髪を乱した麗人が蕩けた声で名を呼びながら、ボロミアに向かって手を伸ばす。手首をつかんだのはロクに力も入っていない手だったが、ボロミアは引かれるままに上体を倒した。誘うように赤い舌が覗く唇に、己のそれを重ねる。今宵、何度も交わした口づけ、それをより深めるように。
「ん……」
息継ぎの合間にアラゴルンが甘えた鼻声を漏らした。そのうっとりした表情といったら、よくもこんな気持ちよさそうな顔ができるものだと感心するほどだった。もちろん、ボロミアが受けた効果は絶大で、彼の身の内に呑み込ませた熱が膨張するのは抑えようがなかった。
「はっ、あ……あ、ああ……」
揺すられながら途切れ途切れの嬌声を漏らしている細い身を見下ろし、ボロミアは贅沢な気分とともに、空恐ろしさを感じていた。普段との落差に——。
これまでも彼を腕に抱く度、薄々感じてはいた。剣を振るえば不敗の戦士、玉座にあってはうるさ型の諸侯も黙らせる威厳を示す。それがこんな淫らに乱れると、誰が思うだろう。どれが本当の彼の姿か、変化の凄まじさに戸惑う。けれど、惑いながら呑まれてしまう。
「あなたは怖い人だな」
ぽつりと呟くと、涙の滲んだ顔が不思議そうに傾いた。その仕草が頑是無い幼子のようで、これがひと月前、怒りを爆発させた自分に、ふてぶてしいほどの無表情さで接した男かと思う。あのときの彼ときたら、本当に嫌みなほどに……と記憶を辿って、ボロミアの頭にまたあの言葉がよみがえった。
「そう、いえば——」
緩やかな律動を送りながら尋ねる。
「ウン、バールに……現れ、たとき……あなたは、『心配だった』と言ったが……」
こんなときに訊くことかとも思うし、自らの動きに伴って言葉が細切れになるのも間抜けだと思ったが、確かめずにはいられなかった。
「何が、心配だったのだ? わた、しが……あな、たの、策、を取らず……しく、じることか?」
おそらく間違いないと思って質したことだったが、青い瞳の麗人は小さく首を振った。
「違う……。わたしは……あんたが、失敗するとは……思っていなかった」
喘ぐ息の合間、かすれた声が言った。
「時間は、かかるだろうが……あんたの、やり方でも、事態は収まると……」
では、いったい何を案じて玉体を戦場へ運んだのか? ボロミアは眉を顰め、動きを止めた。
「ただ……わたしは、時間をかけたくなかった」
そういえば、彼は事態が長引くことを避けようとしていた。あの策をボロミアに話したときも、
——これ以上、長引けば国境沿いの町は廃れる。
そう言っていた。
「あんたの気持ちはわかる。あれは卑怯な手段だ。できれば使いたくなかった。けれど、あれ以上、時間がかかったら、民は持たない。ようやく生活が安定してきたところで、また治安の悪化が続いたら……。現地がどうなっているか、報告はあっても心配だった。だから自分の目で確かめたかった」
突如、燭の炎が激しく揺れた。描かれる影が踊り、ジジッと音が鳴ったかと思うと、ふつりと火が消えた。いつの間にか暖炉の火も落ちていたらしく、部屋は暗闇に呑まれた。
「あんたを信じなかったわけじゃない」
闇の中で淡い瞳が揺れる。すらりとした腕が伸び、ゆっくりとボロミアを引き寄せた。くしゃりと髪を撫でる手の動きはやさしい。
「すまなかった……」
赦しを請う囁きを聞きながら、ボロミアは鉛の塊を呑まされたような気分になった。彼が案じていたのは民の生活だったのだ。青い瞳が映すのは如何なるときも国のことなのだ。
そして気づく。いったい何に自分が苛立っていたのかを。
王である彼の愛情は万民に向けられるものであり、特定の誰かに向けられることはない。エルフの石の名を持つ王は、国とそこに住まう民のために存在するのであって、一個人のためには存在しない。
それは、どう足掻いても、彼の目をボロミアだけに向けておくのは不可能だということを意味する。勝手な行動に腹を立てたのも、言うことを聞かせられないことに苛立ったのも、すべてはそこに帰結する。
王という存在を独占することはできないのだと——。
弁えていて当然のことだった。だが、彼のやさしさに勘違いをしていた。けれど現実は違う。こうして腕に抱いても、本心から応えられることはないのだと思い知らされた気分だった。たとえ一時、情欲に溺れ、淫らな姿をボロミアの目に晒そうと、その本質は何も変わらない。
自分は唯一の主である彼にすべてを捧げるが、彼の愛は民に注がれ、ボロミアにだけ注がれることは決してない。
——なんと欲深い。
国王が民を愛することに嫉妬してどうするのだ。自分こそ、王を守護する将でありながら、その尊い身を組み敷く不貞を働き、民の信頼を裏切っているではないか。
「……ボロミア?」
黙り込んでしまったボロミアを案ずるように、小さな声がかかった。気の毒にその声はかすれている。ボロミアはなんでもないと首を振り、微笑んで口づけた。王が民に愛情を注ぐのを止められるはずもない。
感情の行き違いから起きた苛立ちは、思いがけないものを心の底から掘り起こしてしまった。気づかずに済めば幸せだったろう。けれど、気づいてしまったものを見ぬ振りはできない。おそらく、この気持ちをずっと引きずっていくのだろう。抜けない棘のように……。
だが、こうして腕に抱いているときだけは、ボロミアのことだけを見て欲しい。そう願うのは罪だろうか。ボロミアの腕に在るときだけは、その美しい瞳に映る相手のことだけ思ってくれと願うのは。
「アラゴルン……」
愛しい名を呼び、ボロミアは動きを再開した。
「ひあっ……」
いきなり激しく動いたせいで、対応できなかったのだろう。アラゴルンの喉が苦鳴を上げて仰け反った。しかし、ボロミアは動きを止めなかった。叶わないと思い知らされたぶん気持ちが募る。
彼が苦しげに胸を上下させるさまも、ボロミアの背に食い込む指の力も、欲情を煽る要素だった。揺すって突き上げ、蠢く襞の奥を探る。ある一点を突いたとき、アラゴルンの腰が大きく跳ねた。そこに集中する。
「あっ、あ、あ、あ……」
目を見開き、顎がかくかくと揺れる姿はなんとも蠱惑的だ。ボロミアは自分の腹を擦るように勃ち上がっている彼のものに触れた。既に先端が濡れているそれをやんわりと握る。
「はっ……」
アラゴルンの首が揺れた。手の中におさめたものを刺激する度に、ボロミアの背にすがる指の力が増していく。爪は立てられていないようだが、朝になったら痣になっているかもしれない。けれど、自分だけを見てくれるなら、その痛みすら快感だった。
ちゅ……。
指先で湿った音が立った。
くちゅ……。
淫猥な響きにボロミアの唇の端がつり上がった。握った手の動きを速める。程なくして、
「ひ、あ、あああああああ……!」
甘やかな叫びが部屋に響き渡り、アラゴルンの背が弓なりにしなった。ボロミアの手が生温かなもので濡れる。ほぼ同時に、ボロミアを包む襞がぎゅっと収縮した。
「く、は……!」
ボロミアの背筋に快楽の波が駆け上った。腕の中で、ぴんと張り詰めた美しい肉体ががくりと崩れ、青い瞳がまぶたの下に隠れる。直後、ボロミアはくたりと弛緩した身に熱を注ぎ込んだ。すると、気を失ったかに見えた肢体がぴくりと震えた。
「アラゴルン……?」
まだ意識があるのかと呼びかけたが、青灰色の目は開かず、答える声もなかった。ただ、横たわった肢体がボロミアの声に反応したかのように、ひくんと痙攣した。余韻が意識を閉ざした身体を震わせているらしい。ボロミアは目を細め、そっとアラゴルンから離れた。
脱ぎ捨ててあった自分のシャツでアラゴルンの汚れを拭った。シーツを引き寄せながら、細い身体を抱え直す。胸に抱いた身体は温かかったが、先程まで上気していた頬はもう冷めていた。それに一抹の淋しさを感じる。事が終わってしまえば、彼がボロミアだけを見る時間も終わる——熱の冷めた顔はそう語っているように思えた。
主君の身をこれだけ好き勝手に扱っておいて何の不満があるのか。我ながら呆れてしまうが、彼を独占したいという欲は消せそうにない。
——どうしようもないな。
ボロミアは苦笑し、想い人を抱く手に力を入れた。
——せめて朝までは……。
自分だけの人でいてほしいと、ボロミアは祈るような気持ちでアラゴルンの額に口づけた。その瞬間、胸に刺すような痛みが走ったのは、国王の心までも我が物にと願う不忠な臣への警告だったのだろうか。美しい花を摘み取ろうとする者の手が、鋭い棘に刺されるが如く……。
だが、たとえ棘に傷つけられようと、花をつかんだ手を自分はもう放すことができない。血の流れる手で美しい花を抱き続けるだろう。血に濡れた花は枯れるだろうか、それとも、血潮を糧に、更に美しく咲き誇るだろうか……。
ボロミアのまぶたの裏に、朱に染まる白い花の姿が映った。
END

[4]
80×10+1なボロアラをお送りしました。
どのへんが「80×10+1=801=やおい」なのかと言うと、やはり「やまなし、おちなし、いみなし」なところでしょうか(ヲイ)。

まあ、やおいの意味はさておき、いつもの拙作のボロアラとはちょっと毛色の違うものを目指してみました。
慣れないことをしたせいで、かなり無理矢理な展開になっております(汗)。

リクエストくださった方、こんな話でもよろしかったでしょうか。