陽の彩り[3.暁闇]
——二階の床に穴が空いているんですよ。先代まで宿屋もやっていたんですが、そのとき空けて……。ええ、階段で行き来するのが面倒だと。二階の天井に滑車を付けて、篭を吊して上げ下げしてました。ちょうど厨房の上に空いていて、料理や酒を上げるのに使ってましたね。
——今ですか? 荷物の上げ下ろしに便利だと、ときどき使ってますよ。普段は板で塞いでいると言ってました。それより、大丈夫なんですか。あそことは古い付き合いで……
店の一家とは古い付き合いだという老爺の言ったとおり、二階の床に階下へ通ずる穴があった。蓋をしてある板を静かにずらし、下の様子を窺う。
「……ら、どうするつもりだ」
穏やかな声が聞こえてきた。
「ここに籠っている間はいいが、外に出たら矢が降ってくるぞ。たとえ人質を抱えていても、お前たちだけを射抜くぐらい、ここの衛兵はやってのける。それから逃れられたとしても門は突破できまい。この都から抜け出すのは不可能だ。今のうちに投降したらどうだ?」
「うるせぇ!」
罵声とともに荒々しい物音が響いた。穏やかな声は苦鳴を漏らして止んだ。
「場末の酒場で飲んだくれてる野郎が、偉そうに説教かよ」
「おい、そいつ殺っちまおうぜ。そんな小汚い野郎、人質の価値がねぇよ。連れて出たところで、一緒に始末されちまうぜ」
その小汚いのが国王だとは夢にも思うまい。
「そう焦るな。それならそれで、俺らの身代わりに仕立てて外に放り出すことも出来る」
そんなことをされては堪らない。外を固めている隊の長には、こちらが屋内に入るため、しばらく待機していてくれと話してある。人質の中に“知人”がいる恐れがあると囁いたから、こちらが合図を出すまで突入してくる心配はまずない。
しかし、外に飛び出した者となれば話は別だ。亭主やその娘ならともかく、怪しげな風情の男が飛び出したら、容赦なく矢が降ってくるに違いない。
ファラミアは静かに一階に下りた。老爺の言葉どおり、そこは厨房だった。もう一人、下りてきた野伏とともに身を屈め、続きのカウンターへ移動する。
カウンターからそっと顔を出すと、窓際のテーブルに娘を抱えた男の背が見えた。反対側――店の奥に目を遣ると、数人の人間が蹲っていた。その前を、抜き身を手にした男が見張るようにうろついている。
——陛下は……。
目を凝らすと、男の足下に転がされている人間が目に入った。隣で窺っていた部下が息を呑む。エレスサールの腕は後ろ手に縛られているのか、不自然な形で背にまわっている。すぅっと、ファラミアの身体が冷たいものに覆われた。
「莫迦な奴だぜ」
ならず者の爪先が彼の身体をからかうように突く。ぎりっと奥歯を噛み締めたとき、青灰色の瞳がこちらを見た。薄暗いのに、彼の瞳の色だけが浮かび上がるようにはっきり見えた。その視線が窓際を示す。ファラミアも窓際へ目を遣った。見えるのは、ならず者の片割れの背中だ。
——射ろ、と……?
問うように視線を戻すと、彼は微かに頷き、一瞬口許に笑みを浮かべた。それを見てファラミアも頷き、再び身を屈めて厨房へ戻った。
「弓を。一人は窓際だ。厨房の入り口から狙える」
「もう一人は……どうします?」
不安げに問いかける部下に、ファラミアはある確信を持って答えた。
「陛下にお任せする」
「な……、無茶です。あのお姿でどうやって……」
部下の抗議はもっともだったが、ファラミアは黙殺した。のんびり説得している暇はない。
「カウンター内で一人待機。危険だと思ったら射ろ。それから——」
ファラミアは穴から二階を見上げた。
「階段で待機しろ。ただし、気取られるな」
頷いた部下は穴の脇から姿を消した。ファラミアは弓を手に厨房の入り口に立った。矢をつがえ、慎重に狙いを定める。
ヒュッ……。
短い風切り音の後、窓際に陣取っていた男はふらふらと二、三歩よろめくと、首から矢羽根を生やして倒れた。突然、拘束を解かれた娘が訝しげに背後を振り返った。
「……ひっ」
何が起きたか悟ったのだろう。短い悲鳴が喉から漏れた。目を大きく見開き、身体を戦慄かせる。
「……きゃあああああ!」
つんざくような悲鳴が響き渡った。同時にカウンター内から野伏が立ち上がり、階段からもう一人が飛び出して、残る一人に迫った。
だが、野伏二人が事を為す前に、ならず者は足を払われて床に倒れた。男はすかさず剣を握って起き上がろうとしたが、その腕を鋭い蹴りが襲った。剣を取り落として起き上がった男に、すらりと長い足が一直線に伸びる。後ろ手に縛られていながら、身体の回転を利用した強烈な一撃だった。ならず者は椅子を薙ぎ倒し、テーブルにぶつかって床に沈んだ。
「——お見事でした」
ファラミアはカウンターを出て主君に歩み寄った。彼の腕を拘束している忌ま忌ましい縄を切る。
「世話をかけた」
そう言って微笑んだエレスサールの唇は、痛々しく血を流していた。
「兄上への言い訳が要りますね」
ファラミアが懐から布を出して渡すと、エレスサールはそれで傷を押さえながら言った。
「何か良い案はないか?」
「残念ながら、何も思い浮かびません」
ファラミアは首を振った。顔に傷をつくっていては、誤魔化しようがない。
「つれないな」
エレスサールが息を吐く。ファラミアは笑って答えた。
「申し上げたはずですよ。一切関知いたしません、と」
偉大なる王は言葉を詰まらせ、しばしの後、諦めたように呟いた。
「……覚悟しておくよ」
というわけで、事件はあっさり解決。そもそも、この二人組、何が目的で立てこもったんでしょうね。<ヲイ
その場の勢いと成り行きでしょうか。目的があったとしても、ファに「要求はなんだ?」と訊く気はさっぱりなかったようです(酷)。
ここまでだとファラアラのような話ですね(^^;)
その場の勢いと成り行きでしょうか。目的があったとしても、ファに「要求はなんだ?」と訊く気はさっぱりなかったようです(酷)。
ここまでだとファラアラのような話ですね(^^;)